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‘Urbanismo’ カテゴリーのアーカイブ

仕事後、ホニャララ会議と銘打たれた、とある勉強会にてレクチャーをする。まあ、ぼくにレクチャーの声がかかるとき、トピックは常にBCN。久しぶりに気合いを入れて準備した。といっても、その意気込みは最初だけで、結局お得意の旧市街の話がメインに。最終的には公共空間論を展開したかったのだけれど、日本人であるぼくは、まだそれを平然とした顔で論じるにはいささかの躊躇を覚える。レクチャーのあとは懇親会。同郷のイワサキと、県人寮のデカダンスさについてトークを繰り広げた、比較的せわしない一日。

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19:00から論文発表。スペイン人の教授5人を前に日本人がBCNの研究論文を発表する、というのも、冷静に見るとなかなか面白い。QAセッションは、ちゃんと反駁できたのもあり、ちょっとそれは的外れだなあというのもあり。往々にしてありがちだが、教授の間で別の議論が始まったり。こちらの人は抽象的な議論にけっこう大きなウェイトを置いていることを再認識。まあぼくはぼくでcentro historicoの概念議論はちゃんとしたのだけれど、espacio publicoとは?とかそもそもespacio publicoというものは定義できるのか?とか、なかなか日本語でも答えるのが難しい(あるいは日本語だから答えるのが難しい)質問もあった。まあともかく、とても刺激に満ちた2時間だった。
帰り、遠回りして魚屋に寄る。とても混んでいたが、定位置(電話の下)にいくとすでにぼくの鰯とワインが置いてある。ホセマリアが目配せ。仕事後の魚屋、彼らとの会話、旧市街の空気、歩きながらの空想。これ以上、何を望もうか。

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発表は夕方前からだが、とりあえず様子を見るために会場まで歩いていく。地中海都市とはまったく別世界の風景。建物がかっちりしている。
会場の裏口で、何とO西先生とばったり遭遇する。今回の出張は教授陣との遭遇率高し。ぼく以外の日本人はいないと思っていたから(学会HPのプログラムには論文発表者としてぼくの名前しかなかった)、かなり面食らった。
会場に入って、ぼくは腰を抜かしそうになった。何だ、この人数は!てっきり100~200人規模の学会かと思っていたら、優に500人くらいいるんですけど!朝一番でこれってことは、午後にはもっと増えるのか…?少し準備不足の感があったので、午後の自分の発表が心配になる。しかし、知り合いが誰一人いないぼくのような若造は、国際会議の会場でできることなんて限られている。人間観察に勤しむことくらいだ。かといって、行き当たりばったりに誰かに話しかけたところで会話に行き詰ることは目に見えている。
手持ち無沙汰だったので外に出て(発表の練習でもしておけばよいのだが)、近くのカフェに入ってブランチをとる。チーズのサラダで、野菜自体はとてもおいしい。しかしこれが100DK(約2100円)!いくら物価高のBCNから来たとはいえ、もう根本的な物価が違うとしかいいようがない。コーヒー一杯が1000円くらいするという噂も聞いていたのだが、ぼくが注文したのは600円程度だった。まあ、味は特別おいしくもなく、まずくもないレベルだったけれど。
お昼からのハーバーツアーに参加。バスで隣同士になったオーストリア出身コペンハーゲン勤務の建築家の方と少し話す。この学会の規模の大きさを示すかのように、100人近く収容できるボートが合計6艇ほど出ていた。運河沿いの開発をクルーズする。大型開発には違いないのだろうけれど、それでもやはり密度的には大変上品でした。住み心地はよいのだろう、賑やかさには欠けるだろうけれど。
結果的には(というか最初から容易に予想されていたことだが)、これがコペンハーゲンにおける最初にして最後の周遊となってしまった。日程の都合とはいえ、ストロイエすら回れなかった。ストロイエといえば歩行者専用空間化のお手本的事例。残念無念。

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朝から学校の図書館で調べもの。S教授と合流し、まずAteneu Popular de Nou Barrisへ。でもTrinitat Vellaだと思ってたらじつはTrinitat Novaが最寄の駅だったという、とても単純なミスを犯してしまった。あのあたりは、在住暦が長くてもあまり積極的には出向かないところなんだな。アテネウのディレクターたちは英語に堪能というわけではなかったので、少し補助した。でも、こういう地元色が強烈なところのスタッフまで英語喋るんだね。感心した。アテネウの活動はとても興味深かった。詳しくは書かないけれど、integracion socialの第一歩であることには違いないだろう。ランチは、アテネウの建物内にあるバルでとる。特においしくはないけれど、家庭料理風のほっとする味だった。
ポブレノウへ移動して、HANGERでインタビュー。個人的には市の22@との関係が気になった。敷地も議論の絶えないCan Ricart。内部に入って写真取れたのはよかった。主に民主化後からポブレノウには独立系のアーチストが居住し始めて、このアトリエはアーチストたちのコラボの先駆けなのだろうけれど、やはりぼくには彼らのこれまでの活動経緯と彼らのアトリエの眼前で繰り広げられている再開発に連関は見出せない。じっさい、Can Ricartは陸の孤島になってしまっている。こういった囲い込みは、90年代以降の市の常套手段なのだ。

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朝一番から、大阪市大のS教授と調査をご一緒する。ぼくは通訳補助(彼らが英語を話せない場合に)+プランナーとしての論点の提起が役割。まずは市の文化局のJordi Pascual氏。Agenda 21をはじめとするBCNのpolitica cultural全般について説明を受ける。
昼過ぎからは22@SA。ここには留学時、N山教授とともにインタビューをしたことがある。説明はとても整理されていて素晴らしかったのだけれど、どうもしっくりこない。プロパガンダの側面があまりに強すぎるのだ。この再開発事業はコンセプトレベルではとてもよく練られていると思うけれど、そのツールならびに実際できつつある空間はあまりに問題がある。手法的には、日本で言う特区的な考え方が原則にあるので、コンパクトシティを標榜している都市としては時代遅れと言われても仕方ない。用途の混在を打ち出してはいるものの、お情け程度に過ぎない。街区での将来的な生活像がビジュアライズできないのだ。
こちらの人ってスタンディング型の建築をつくりたいのだろうな、と思う。セルダ街区を引き継いで、囲い込み型の街区としてうまく造形するのは流行じゃないのだろう。JJOOのころと違い、市も建築家もBCNらしいソーシャリズムを忘却しつつある感がある。ぼくの想像力が欠乏しているからだとは思うけれど、22@事業がポブレノウの「伝統的な雰囲気を継承」(プランの文言)しているとは到底思えない。PNの旧市街はとても親密な雰囲気に満ち溢れているのに、一歩その外側に出て再開発地区を見ると、そこに広がるのは狂喜乱舞する現代建築。がっくりきてしまう。El proyecto de 22@ no tiene nada que ver con el resto de Poblenouと意見したのだけれど、それに対する応答がこれ。「ああ、でも旧市街は事業範囲外ですので」。あちゃー。PR部門のトップの答えがこれじゃあ先が思いやられる。だって、こんなのどこの側面から見てもPNの既成市街地を囲い込むだけじゃないか。彼らは発表慣れしていることもあるのだろうけれど、全般的に機械相手に話をしている気持ちになった。もうすでに彼らの中に問答集があるんだよ、あれは。特に批判に対しては。保守的な行政を相手に質問しているみたいで、正直あまり気分はよくなかった。
ここで午前中のパスカル氏の話を思い出した。BCNは民主化~JJOOまでの間にあらゆる社会階層を巻き込んだ一大社会運動が生まれ、最終的にひとつの政治モデルにまで昇華されていったわけだが、現在の市は当時の体制への回帰を少なからず希求している、というのだ。それが本当であるならば、22@はまったく逆の路線を走っている。頭ばかりがでっかくなって、自分がどこを走っているのかが見えていないんじゃないか。ま、とても興味を惹かれるプロジェクトには違いないので、今後も追い続けます。近いうちに一本論文を書けるといいなあ。
その後、Interartsへ。なんだか活動内容がよく分からなかった。最後に、UBの地理歴史学部のLluis Bonet教授を訪ねる。文化観光の専門家で、ぼくは彼がBCNの観光効果について書いた論文を読んだことがあった。気のよい先生だったが、カタラン主義的なコメントがそこかしこに顔を覗かせていた。彼のお父さんはサグラダ・ファミリアの修復に関わった建築家らしい。
1日に4つもインタビューをこなすと、さすがにぐったりする。そして、活力漲るカタラン人知識階級に連続で密度濃く触れて、カタラン人疲れした。移動途中に乗ったタクシーの運ちゃんとのサッカー談義にどれほどほっとしたことか。カタラン人って独特の威力があるからなあ。迫力というか。ちなみに今日お会いした男性は、Bonet先生以外は全員Jordiという名前だった(ちなみに先生のお父さんの名前もJordiらしい)。

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日曜のスペインでは、のんびり過ごす以外やることがない。一縷の望み(?)を賭けて、日曜開館の図書館を探してみたけれど、そんなのあるわけないよな。日曜でもどこかやってるんじゃないかという発想自体、完全に東京思考なり。やはり3年過ごしたくらいではこういう生活習慣・文化は自分のものにならないよな。留学時の日曜に何をしてたか思い出してみると、美術館に行ったり映画を見たり、普段読めない本をゆったり読んだりと、「ゆったりするために」ゆったりする生活だった。
というわけで、午前中は部屋で作業。でも祭りが近いからか通りは大変な人出で、あげく地元のブラスバンドが大演奏してるものだから、いまいち集中できず。そこに三好さんからTELがあり、昼食の提案。ボルンのお宅まで歩いていく。途中、シウタデリャ公園を歩く。BCNはこれまでの都市事業の成果がほんとうに分かりやすく残っている。セルダの拡張市街地以降で最初に実施された都市改造は1888年の万博開催に関連する整備だけど、市内ではお目にかかれない、ある意味万博的で後に我々がパリ的と感じる(BCNの万博のほうが先なのだが)都市美の手法がふんだんに用いられている。
カフェ三好では、yokkoさんお手製のアーティチョーク(葉の間にパルメザンチーズと細かく刻んだにんにくが入っており食べ応えがあった)と無花果サラダ、メインに三好さん特製のシーフードカレー。すごくコクがあったからなぜだろうと思ったら、隠し味にエビ味噌を使っているとのこと。満腹、まんぷく。その後、きのうの調査の続きで、旧市街の写真を撮りに。
夜はサンドラと待ち合わせ。久々だったので話題は尽きない。遅れてアレハンドロも登場。相変わらずさわやかすぎる。歯が白い!白すぎる!彼を効果音で表すと、「キラーン」(歯が)。

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時差ぼけのせいか朝早くに目が覚めたので、海岸線をディアゴナル・マルまで30分ほどジョギングする。思ったよりも多くの人が走っていた。
朝食後、三好さんと待ち合わせ、仕事関係の写真を撮りに出かける。Torre Agbarに9:00集合だったのだけれど、途中で声をかけてきたエクアドル人の学生に道を教えてあげてたりしたら遅刻してしまった。その後はひたすら調査。三好さんとはいままで散々BCNの都市空間について議論してきたけれど、踏査をご一緒するのは今回が初めてだ。一緒に歩きながら、建築と都市の視点の違いがとても勉強になる。たとえばヌーベル設計の公園。柵がもったいないねという話と、ディアゴナルに面している敷地に公園を整備する発想じたいがやはりすごいという話。
22@⇒ディアゴナル沿いの開発⇒22@⇒ディアゴナル・マル⇒フォーラムを回る。だいぶん写真のストックができた。Forumで開催していたBarcelona projectaを見る。これはBarcelona progresの発展版で、現在進行中のプロジェクトの図面や模型が広い展示場に設置されている。うまくいきそうなプロジェクトと難しそうな(あるいは空間的に価値が減少するんじゃないかという)プロジェクトの差異が明白で興味深い。都市再生に成功したBCNが向かう次なるステップは、案外雲行きが怪しいのではないかという個人的な仮説は、じつはそんなに間違っていないと思った。まあ、いずれにしても、賛否はあれど進行中の事業をビジュアルに展示する壮大な努力は、BCNの面目躍如だと思った。でもForumは遠いよ…実際、中はがらがらだったし。ディアゴナル沿いの開発に夢中で、フォーラム近辺の整備を忘却してるんじゃないの?と思った。じじつ、Rambla de Primとのつながりもよくわからないまま。異なる特質をもつ各界隈を統合していくその妙こそが、BCNモデルの真髄のはずだけれど、グロリアスから海へと向かうその両側の界隈は、どうも明確な戦略に欠けているように思う。事業の連鎖的展開があるわけではないし、大部分は民間事業だから風景の統一感もまるでない。新規住宅は安普請で、壁なんかぺらぺら。一目見るときれいなんだけど、どこか新品の消しゴムみたいに映る。いっそのこと、安いestudioを増やして学生街でも計画すればいいと思うよ、皮肉でも何でもなくて。
昼に一度三好さんと別れ、ぼくは旧市街の多孔質化事例の写真を撮りに行く。ample通りで、自転車に乗った兄ちゃんが声をかけてくるから誰かと思ったらpapabubleのトミーだった。久々だったけれど、10分くらい立ち話。10月に東京に行くから会おう、と話。今度NYにも出店するとのこと。
昼食は三好夫妻とバルセロネータのKaikuへ。夫妻お薦めの店で、メニューはカタラン語のみ。だいたいにおいて、こういうレストランはおいしい確率が高い。実際、たいへんおいしかったです。フォアグラのサラダ・ラズベリーソースとハモンセラーノ・無花果+キャラメリゼした玉ねぎ添え、マッシュルームをまるごとコロッケ状にあげたもの(絶品の一言)、ホタテ(甘酸っぱいマスタードソースとよく合う)、野菜のパエーリャ。今日はとても温暖だったせいもあってやたら賑わっている浜辺を見ながら、テラスで食べる。海風がほてった頬に気持ちよい。幸せな昼食でした。
夕方帰宅、宿近くのスーパーで買い物。夜は軽くトマトソースのパスタで済ませる。
机に向かい作業を開始するも、強烈な眠気に襲われ、22時前に床に就く。

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regeneración de los centros históricos de las ciudades españolas
plan territorial estrategico
ley del suelo 1976
juegos olímpicos Tokio y BCN
proyecto de tesis

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高松に来ている。かっぱこも一緒に。でもぼくは仕事がある。
商店街が元気で(もちろんシャッター通りになりかけているところはあるが)、散策がとても楽しい。戦災復興で再建されたから、基本的な都市構造がしっかりしているし、空地と建物の密度のバランスも心地よい。東京ではあまりお目にかかることのない、立ち飲み系のカフェやバルがそこかしこにある。おいしい刺身を堪能して、しっかりした味付けの創作料理を食べて、結局今晩は3軒はしごした。ぼくが欲しいのは長居長いする居酒屋じゃなくて、軽やかに飲み移れるバル。高松はよい町だよ。
まあ、飲んだくれたのは、仕事がうまく進捗しなかったからのも原因だけどね。

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沖縄出張中、G出版社のMさんより手紙あり。論文の出版についての相談。
Mさんに買ってきてもらったPere Cabrera. Ciutat Vella de Barcelona. Memòria d’un procés urbàをパラパラと読む。Pere Cabrera氏は留学中にお世話になった人で、BCN旧市街の再開発の(良くも悪くも)中心人物。インタビューをさせてもらったときに、近いうちに書籍を出すんだよと言っていたのがこの本でした。この本で書かれた内容を踏まえて、さらに詳細な事例分析を行ったのがぼくのDEA論文や博士論文。当然ながら内容の多くがかぶっている。スペイン語で論文を書くならば、やはり日本との比較が不可欠だな。そして出版はタイミングが命だなあとも思った。スペイン語の本を読んで思うのも変だけどね。
写真がいまいち(Mさんも指摘するように、曇り空のものばかり)だけれど、総合するととても魅力的な文献です。

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沖縄に出張。といっても、ぼくは調査の補助の補助の補助くらいの位置づけだけど。夕方、スコール。止んだあとの蒸し暑さといったらない。気温はそれほどでもないのだが、とにかく湿度がすごい。空気を飲み込んでいるような感覚がある。あまり汗をかかないぼくが20分ほど歩いただけで汗まみれになった。
某市の中心市街地の廃れ具合が凄まじい。まさにシャッター通りで、9割方閉店している。車道は中央に一車線のみで、歩道は広いし植樹も健全で、なかなか豊かな空間設計なのだけれど、現実は厳しい。でも、営業中の店舗のレベルはけっこうよかったので、まだチャンスはあるだろう。全般的に建造物の維持管理が悪く、まるでタイの田舎町のような雰囲気があった。
食べたもの:

ソーキそば+ジューシー(炊き込みごはん):こちらのそばは、鰹だしと豚骨が選べる。豚骨が珍しかったのでそれにしたのだけど、見た目あっさり実際コテコテという摩訶不思議なスープでした。ちょっとぼくには味が濃すぎた。
夜は、仕事関係の会食。沖縄料理を各種食べる。マンゴーがうまい。刺身はおいしかったけど、それでもやはり暖かい海の魚はいまいちだと思った。あと、沖縄料理のベースには味の素のトーンがある。

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Estuve trabajando toda la tarde para construir un marco teórico de referencia de mi investigación, pero me he encontrado un obstáculo con que no me deja dormir ni jugar al béisbol. Eso es una dificultad, que ocurre frecuentemente al profundizar un estudio comparativo con los casos extranjeros, los cuales voy intentando analizar. Dispongo de los conocimientos suficientes sobre el urbanismo [...]

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