KGくんがめでたく博士論文を提出したということで、彼の就職祝いも兼ねて、久しぶりにわが家でフィエスタ。アトゥくんは来られなかったけれど、代わりにグッチ夫婦を招く。ここは夫婦揃って建築稼業なのだが、奥さんは何と上海から帰国しそのまま直接わが家に来たとのこと。ぼくは奥さんのことはあまりよく知らないけど、このノリは100%グッチのそれだ。
まず近くのお好み焼きやで軽く飲み食いしてから、わが家でスペイン的に飲む。ぼくがかつて住んでいたロカフォルト通りに因んで、わが家はBar Rocafortと呼ばれている(正確には、呼ばせている)。魚屋サラダをつくり、ポロンでワインを飲む。BGMにはテテ・モントリウ。これは寸分違わず、BCN時代の週末の夜の風景だ。みんなBCN留学経験者なので、何の躊躇もなくジョアキン・コスタ通りとか現地の地名がバンバン飛び交う。
酔っ払ったグッチが相変わらず面白い。酔っ払った彼とぼくは、口からでまかせスペイン語でペラペラと会話したのだが、まったくもってコント風であった。
2007年12月のアーカイブ
熱も出ていないし、普通に動けるからインフルエンザではないはずだけれど、とりあえず風邪気味なので一日ぼんやりと寝てすごした。お昼には、mmbcnさんがお土産に持ってきてくれたゴーダを使ってカルボナーラを作る。赤ワインがすすみそうな大変濃厚な味となったものの、とてもお酒を飲む気分ではなく、おとなしく野菜ジュースを飲んだ。夜中、目が冴えて部屋の掃除。
午後から仕事で上司と学生とともに寛永寺にインタビューに行く。しっかり昼食を食べていった&特別おなかの調子が悪かったわけじゃないのに、インタビュー中グルグル、キューキューとおなかが鳴って、腹を空かせた可哀相な子みたいになってた。みんなが一瞬静まり返ったときに限って、図ったかのように鳴り響くmyおなか。高校の授業中など、ぼくも含め必ず誰かが腹を鳴らせてたことを思い出す。
今日はかっぱこの誕生日なので、帰りにプレゼントを買って帰る。誰かへの贈り物を探すという行為は純粋に楽しい。
所属している草野球チームがあれよあれよと区のトーナメント戦を勝ち上がり、ベスト4進出。ってことで参加してきました。勝ち越しタイムリーでチームを8強に導いたわたくしですが、今回もめでたくスタメン落ち。守るとこないのよ。準決勝は出番なし。チームは完勝、まさかまさかの決勝進出。
決勝では1点ビアインドの最終回、ノーアウト2塁というおいしい場面で出番が。おーしチャンスだしめしめと思える俺は案外代打向きなのかも。とか思ってたら、ストレートにタイミングが合わずしょぼいファール2つであっというまに追い込まれた。わがチームの4番バッターのS本さんがベンチから「川にぶちこむとこ見たいなぁ~」とささやく一方で、監督は「体、開くなよ!」。相手ピッチャーはサインに首を横に振り、ってことはアレか、代打だから目が慣れてないと思ってカーブ投げてくんだろ?と思ったら見事その読みは当たり、でも目が慣れてなかったのは事実なので思い切り泳ぎ気味のスイング、しかしボールは芯に当たり、強烈な当たりが一塁線へ。しかし泳がされたままの俺は走り出すときにつんのめってしまい、目線を戻したときには横っ飛びでナイスキャッチした一塁手がベースに入っていた。結果的には進塁打になりました。いや~今の惜しかったなあ~と思いながらベンチに戻ったら、監督から「やっぱり打撃はいいな」とのお褒めの言葉。しかし、次のOさんがスクイズを失敗してしまい万事休す。惜しい惜しい準優勝でした。
夕食後に少しだけ横になり、やれやれ大した仕事してないのに今日も疲れたなァ、でもあと30分たったら研究作業に入ろう、読むべき資料は全然減ってないのダカラ、と思い、次に気づいたら目覚まし代わりにタイマーをセットしているJ-Waveの声、あるいは朝焼け。ぼく自身のあまりの意思の弱さを全然覚醒せぬ意識の中で嘆くこと数秒、その嘆きは行き場のない簡潔な怒りとなり、その怒りは横文字を連発する軽薄なFMの空気によって増幅され、そして隣に寝ている妻へと向く。ところが横には誰もいない、アラどうしたことかと思い、これまた寝ぼけマナコで首を傾けると妻はヌクヌクとコタツで丸くなりスヤスヤと眠っているではないか、これには怒り増幅すること甚だしく、すっかり眠り込んでしまった昨晩の自分の怠惰は棚にあげ、ひとしきりやつ当たりする。
という痴態を2日連続で展開してしまった。疲れが溜まってんのかな。
そういえば先週末、健康診断の結果が返ってきた。いやはや自身の健康ぶりには参った参った。まあ去年の帰国直後のぼくがデブだっただけなのかもしらんが、とにかくあらゆる数値が改善されていた。体重も1年で5.4kg減で、ようやく標準体重+2kgまで戻った。
何か特別なことをしたわけではなく、9月、10月と連続でスペインへ研究出張して戻ってきたらやせ細ってたという摩訶不思議。東京に戻ってきて去年、あまりに周りから太った太ったと言われたもんだから、がんばって週3ほどジムで筋トレ+ランをこなしてもさしたる効果がなかったのに。BCNでは一日2回は魚屋に詰めてたし、夜は夜でほとんど誰かと会って盛大に飲んでたわりに、ほっそりとなって帰国、痩せた痩せたと皆に言われ、こそばゆい気分になる。しかし日本人は肥えた痩せたを言い過ぎだわな。他に言うことないのかしらん。まァ、でも、数週間仕事で行くBCNが一味もふた味も違うのはじじつで、ON・OFFのメリハリがはっきりしていたのがよかったのかもしれない。
文献調査は確かにかったるいけれども、乗ってくるとちょっとこれは麻薬的に楽しくもあり、そのせいで昼食がホテルの朝食からくすねてきたゆで卵のみだったりした日も何日かあったから、やっぱり一日の総摂取カロリーは低かったんだろう。
memoria mía, memoria otra
BCN, Investigación へ投稿: 12月 3, 2007 | コメントする »
proyecto de tesisのmemoriaが必要だというので、せっせと書いていた。docenciaとinvestigaciónの関係性を説明するように、とのことなんだけど、そんなのどうやってでっちあげりゃいいんだよと思いながらも、昔に提出したレポートの数々を見返してみると、一瞬にしてそれに取り組んでいたときの心境やら風景やらが思い浮かび、スペインの懐かしさにやられてしまいそうになった。といってもこれは決して甘酸っぱい感情ではなく、うーむ、あの時スペイン語のレベルが大学院のレベルに追いつかなくて毎日必死だったよなあという、まるで不肖の息子を愛憎半ばに見つめる父親のような気持ちだったのだ。って書いたところで意味不明だし、だいいち俺にはまだ息子どころかこどもすらいない。
分量はA4で10枚以内にまとめよとのことだったんだけど、もちろんそんなに書くわけもなく、5枚半ほど書いてから、Robertoのオフィスに電話し、ネイティブチェックをお願いする。彼が帰宅する前に20分ほど原稿を見てもらう。彼のおかげでぼくは少なくとも週に一度はスペイン語を話せている。この前なんて、寒いのに二人して外でお弁当食べたんだぜ。男二人で。
友人宅でパーティ。彼らとは知り合ってもう干支が一回りするくらい経った。変わるところは変わり、けれど一貫して変わっていないところがあって、仲間内としてのグルーヴ感は相も変らぬところがあり、そこが何とも心地よい。
今回は、晴れて結婚したホンダとガンポンのお祝いを名目に、彼らの新居で鍋を囲む。遥か北海道からM木さんもカニやホッケやシシャモなどの海の幸とともに参戦。各自鍋に入れたいもの、あるいはお酒持参という約束だったのだけれど、ぼくとかっぱこは前菜としてトルティージャとフジッリ・アラビアータ風をつくって持っていった。フジッリはあんまりトマトソースと合わせないのかもしれないし、みんなでつつくころにはすっかり冷めてお惣菜風情になってしまったけれど(もちろんそうなることは前提で作ったが)、大変好評だったのですっかり気をよくしてしまった。
6年前の同じパーティ(このパーティは定期的なものなのだ)のときに撮影したビデオがどういうわけかホンダ邸にあり、それを再生してみるとこれがまたみんな驚くほど若く、けれど発言の傾向は今とまったく変わっておらず、それがそこはかとなく可笑しい。ビデオの中の20代中盤のかつてのぼくたちの勢いに合わせるかのようにみんなカパカパ酒をあおっていくと、宴のノリは最高潮、DJホンダの選曲にあわせて踊る者あり、スナックは宙を舞い、気づくとどういうわけか俺のモミアゲが切り落とされるという儀式に突入していた。これは別に罰ゲームでもなんでもなく、残りの奴らは誰がモミアゲを剃るかでじゃんけんなぞしている。俺もどうでもよくなって、ああ剃ってくれよでも悪ノリするなよ丁寧に剃れよ、なんてささやかな抵抗を試みたのだが、剃るほうも剃られるほうも完全に酔っ払い、翌朝見るとすっかり剃られていた。剃り跡が痛い。
来年はどんな企画だろうね。